82年MI対BS
インディアナポリスでのF1GPはMI(ミシュランタイヤ)ユーザーの撤退正確にはフォーメーションラップ
は走ったけど、グリットに付かないで、ビットに入ってしまいました。BS(ブリジストンタイヤ)装着チーム
の3チーム計6台の寂しいレースでした。何とか成らなかったのでしょうか?ところで
MI対BSの初対戦は多分1982年の欧州F2選手権だったと思います。
70年代後半からルノーF1と共にF1レースを始めてラジアル構造のタイヤを持ち込んだ
のもMIだった。
当時F1タイヤの代名詞グッドイヤーと対等以上の性能、成績で、あのフェラーリたって
MIユーザーだった。
一方80年にF2レースに復帰したホンダが翌年81年にシリーズチャンビオンを取った
ラルトチーム(Gリース)が、使用していたのがBSタイヤだった
そして、82年欧州F2選手権グッドイヤーが撤退し代わりにMIが登場しマーチBMWと組んで、
ホンダ陣営に挑んできた。ホンダ側はラルトチームに加え翌年F1にステップアップする
スピリットチーム
とBSタイヤで対抗した。ドライバーも凄かった、Tボウセン、Sヨハンソン、Jパーマー
に中島さんまでいた。
結果的にBSホンダ連合はMIマーチBMW連合に惨敗だった。ドライバーズタイトル
も、マーチのCファビ、Jチェコットのワンツーだった。当時の記事によると、マーチ822シャシー
プラスMIタイヤのバランスがホンダ、BSを上回っていたという事、スピリットのヨハンソン
か、ポールを取るものの、レースタイヤが全然だめだった。翌年、ラルトホンダはMI
に変更し、タイトル奪取、スビ゜リットはF1へ
昨年BARホンダがBSからMIへ変更したことは、どうもこの20年前のこの教訓を
ホンダの首脳陣が思い出したのではと、思えてならない。
投稿者 webmaster : 2005年06月21日 21:14
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